「まぁ、なんとかなるよ」
未来はこの楽観的な魔法使いがあまり好きではなかった。明確に何処がどう好きではないと伝えることは困難なのだけれど、なんだか見ていると腹の底の虫が居所を悪くした。なんでそんなにいつもヘラヘラしているんですか、と未来が強く言い放つ。魔法使いはそれにもヘラヘラと笑って返すだけであった。
「なんとかなるって言って、ロマンさん本当になんとかなったことあるんですか」
「あるよ」
「嘘をつかないでください」
「嘘なんかじゃないさ。おれという存在そのものだよ、なんとかなってるのは」
魔法使いが空を見上げる。今夜の月は一段と明るいなぁ、と呑気な声を出して、魔法使いは未来に調子を変えずに言葉をかける。
「おれがなんとかなったんだ、なんとかなるよ、おまえさんも」
わからない。
魔法使いは不死身だという。死ぬことができないから死が怖くないのだろうか?
魔法使いはこの世界で最強なのだという。恐れるものがないからこそ気が抜けているのだろうか?
魔法使いは魔法が使えるのだという。魔法さえ使ってしまえばそんな恐怖すらもすべてどうにでもできるからだろうか?
未来は機械だ。人間のことなどわからないし、ましてや不死身の魔法使いのことなどもっとわからない。だが、このロマネスクな名を語る男は、少なくとも未来にとっては、自分よりも幸福で、いや、世界でも幸福な男に見えて仕方がなかった。
「わからないです」未来は魔法使いに、視線を合わせず冷たく言い放つ。「あんたの言うことは、いつだってそうだ。無責任で、希望的なことばかりで、なんとかなるだなんて曖昧な言葉で誤魔化して」
魔法使いは静かだった。少しだけ間が空き、未来の頭上に、空から落ちた雨の雫のようなものが降る感覚がある。魔法使いがこちらを見たのだろうと、未来には見当がついた。
「あんたは、ずるいんだ」
顔を上げない未来に、魔法使いは何も言わず、小さく喉を鳴らすように笑った。まるでやれやれと言わんばかりの笑い声。そして、あーあ、と魔法使いは漏らして、視線を月に戻していく。
「なぁ、未来」
「なんですか」
「魔法ってなぁ、解けるときが来ることもある。どれだけ長い物語にも終わりがあるように、魔法も永遠ではない。永遠ではないけど、残るものはある。おれはその残ったものでここまで来た」
「残ったもの?」
「おれが覚えていればな、その残ったものは、永遠になるんだ。おれの中で」
それ以上を魔法使いは語らなかった。さーて帰るぞ、と未来にからかうように微笑みかけ、無視しようとした未来の手をそっと引っ張る。ガラクタ置き場のてっぺんから、スケートで滑るように二人で下へ落ちていく。バランスを崩した未来が、あっ、と声を出して、それを聞いた魔法使いが未来のほうを見ずに彼を抱く。魔法で助ければいいのに、こういうところでいちいち人間のようだと思う。
ボロ小屋ではレイラが晩飯の支度をしているらしかった。魔法使いが手を振ると、影で気づいたのだろう、小さな灯りの見える窓から、レイラが「はやく帰んないとメシ抜きにするよ!」と身を乗り出してきた。
「なぁ、未来。今日の晩飯はなんだと思う?」
「カップラーメン、ラー油たっぷり」
「いいね」
無愛想に腕の中で呟けば、魔法使いは心底嬉しそうに満面の笑みを見せた。不死身で最強の魔法使いとはとてもではないが思えない笑顔。なんだか馬鹿馬鹿しくなって、思考をとめて、ラー油のことを考える。ラー油は好きな味ではない。二人はいつだって美味しそうに食べているけれど。人間だったら、そんなことだってわかったのだろうか。
魔法使いの肩の向こうへ目をやれば、いつもよりも明るくて、いつもよりも作り物みたいな月と目が合った、ような気がした。
未来はこの楽観的な魔法使いがあまり好きではなかった。明確に何処がどう好きではないと伝えることは困難なのだけれど、なんだか見ていると腹の底の虫が居所を悪くした。なんでそんなにいつもヘラヘラしているんですか、と未来が強く言い放つ。魔法使いはそれにもヘラヘラと笑って返すだけであった。
「なんとかなるって言って、ロマンさん本当になんとかなったことあるんですか」
「あるよ」
「嘘をつかないでください」
「嘘なんかじゃないさ。おれという存在そのものだよ、なんとかなってるのは」
魔法使いが空を見上げる。今夜の月は一段と明るいなぁ、と呑気な声を出して、魔法使いは未来に調子を変えずに言葉をかける。
「おれがなんとかなったんだ、なんとかなるよ、おまえさんも」
わからない。
魔法使いは不死身だという。死ぬことができないから死が怖くないのだろうか?
魔法使いはこの世界で最強なのだという。恐れるものがないからこそ気が抜けているのだろうか?
魔法使いは魔法が使えるのだという。魔法さえ使ってしまえばそんな恐怖すらもすべてどうにでもできるからだろうか?
未来は機械だ。人間のことなどわからないし、ましてや不死身の魔法使いのことなどもっとわからない。だが、このロマネスクな名を語る男は、少なくとも未来にとっては、自分よりも幸福で、いや、世界でも幸福な男に見えて仕方がなかった。
「わからないです」未来は魔法使いに、視線を合わせず冷たく言い放つ。「あんたの言うことは、いつだってそうだ。無責任で、希望的なことばかりで、なんとかなるだなんて曖昧な言葉で誤魔化して」
魔法使いは静かだった。少しだけ間が空き、未来の頭上に、空から落ちた雨の雫のようなものが降る感覚がある。魔法使いがこちらを見たのだろうと、未来には見当がついた。
「あんたは、ずるいんだ」
顔を上げない未来に、魔法使いは何も言わず、小さく喉を鳴らすように笑った。まるでやれやれと言わんばかりの笑い声。そして、あーあ、と魔法使いは漏らして、視線を月に戻していく。
「なぁ、未来」
「なんですか」
「魔法ってなぁ、解けるときが来ることもある。どれだけ長い物語にも終わりがあるように、魔法も永遠ではない。永遠ではないけど、残るものはある。おれはその残ったものでここまで来た」
「残ったもの?」
「おれが覚えていればな、その残ったものは、永遠になるんだ。おれの中で」
それ以上を魔法使いは語らなかった。さーて帰るぞ、と未来にからかうように微笑みかけ、無視しようとした未来の手をそっと引っ張る。ガラクタ置き場のてっぺんから、スケートで滑るように二人で下へ落ちていく。バランスを崩した未来が、あっ、と声を出して、それを聞いた魔法使いが未来のほうを見ずに彼を抱く。魔法で助ければいいのに、こういうところでいちいち人間のようだと思う。
ボロ小屋ではレイラが晩飯の支度をしているらしかった。魔法使いが手を振ると、影で気づいたのだろう、小さな灯りの見える窓から、レイラが「はやく帰んないとメシ抜きにするよ!」と身を乗り出してきた。
「なぁ、未来。今日の晩飯はなんだと思う?」
「カップラーメン、ラー油たっぷり」
「いいね」
無愛想に腕の中で呟けば、魔法使いは心底嬉しそうに満面の笑みを見せた。不死身で最強の魔法使いとはとてもではないが思えない笑顔。なんだか馬鹿馬鹿しくなって、思考をとめて、ラー油のことを考える。ラー油は好きな味ではない。二人はいつだって美味しそうに食べているけれど。人間だったら、そんなことだってわかったのだろうか。
魔法使いの肩の向こうへ目をやれば、いつもよりも明るくて、いつもよりも作り物みたいな月と目が合った、ような気がした。